2018年07月01日

その夢、話せますか?

もうすぐ七夕。
天王寺のショッピングモールでは大きな笹にたくさんの短冊がぶら下がっていました。
七夕は中国や韓国等にもありますが願いごとを短冊に書いて笹に結ぶのは日本だけだとか。
江戸時代に手習いの上達を願って書いたというのが始まりなんですって。

さて、願いごとや叶えたい夢があるなら短冊ならぬノートに書くとよいというのを見聞きしたことありませんか?
方法やスタイルはそれぞれですが、大概共通している重要ポイントは「・・・しますように、・・・したいな」ではなく「・・・します、・・・する」と断言して書くことだとか。
かなったという前提で書くことで、願いが明確になりするべき行動が見えてくるのだそうです。

有名なところではアメリカでも二刀流で活躍している彼の「目標達成シート」。
それから決勝トーナメントに進んでこのところ評価も手のひら返したように(?)上がっているブロンドの彼の「夢ノート」。
どちらも自分の願い(夢)をきっちり表明して、行動を具体的にイメージして書いていく。
そして大事なことは常に振り返ってみる、つまり読み直す。
書きっぱなしにしないってことですね。
頭の中でぐーるぐると思いめぐらしているよりも、書く+見ることで行動の指針になるし、なにより一歩踏み出すきっかけになるかもしれない。
そういえば今年9月に引退する歌姫も夢はかなえるものだと歌ってましたっけ。

そもそも願いをノートとか手帳に書くといいよと、どうしてあちこちで言われているのでしょうか。
なーんでか?(ギターの音色とともにどうぞ。分かる人は分かるはず)
難しいからです。
簡単そうに見えてやってみると意外とできないものです。大人は特に。

「私の夢」とか「私が実現する」とかいったタイトルを前にすると
謙虚とか、躊躇とか、恥ずかしさが先立つし、あと「お金がない」「時間がない」「才能がない」「若くない」「子どもが小さい」「家族が反対する」などなどのできない理由を挙げてしまう。
こんな有象無象のゴチャゴチャの中から引き上げなければいけないから、どうしたって自分と対峙せずにはいられない。
これはある意味とてもしんどい作業なので、結局「いまさら願いなんてないわー」となってしまう。
もちろん悪くはないです。これで良いです。不満ナッシング、充分だという方もいるでしょう。

だけど充分じゃない、と思っている方へ。
ひょっとしたらひとりだから筆が進まなかったかもしれません。
ひとりだと煮詰まってしまうし、「今さら」「どうせ」のあきらめ思考がコンビになって、行きつく先が「こんなん書いたってしゃーない」となりがち。

そういうときは、他の人の夢に耳を傾けてみませんか?
あなたがかなえたい夢を話してみましょうというコンセプトで、こんなセミナーをします。

「好きなこと仕事(カタチ)にしたい女性へ」7月25日(水)・7月27日(金)午後1時〜3時 全2回


夢は人に話した方がかなうのか。
心にしまっておいた方がかなうのか。
意見が分かれるところですが、
誰に話すか、どこで話すかは大事です。
愛は世界の中心でいくらでも叫んだらいいでしょうが、夢は精神衛生上の点からも場所と人を選んだ方がいいと思います。
少なくとも同じ志の人なら、笑ったり冷やかしたりはしないはずですから。

では最後に件の二刀流の彼の名言を。
「先入観は可能を不可能にする」

心にうずまく思いを「どうせ無理」で片づけてしまうのはもったいないですよ。
posted by クレオ大阪西 at 10:26| クレオ大阪西 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする